王様の耳はパンのミミ

伊藤なむあひの小説とか創作に関するあれです

究極的に言えば

小説を書くっていうのはひとりで完結することができる。自分で書いて、自分で読んで、自分で楽しむ。昔バンドをやっていたとき、複数の人間が作曲に関わり、複数の人間が自分のパートを考え、複数の人間の時間を調整して複数の人間で演奏するのが苦痛だった。もちろん複数の人間がいることで生まれる楽しさもある。自分からじゃ出てこないフレーズや展開、音。

 

ひとりで作ることができる音楽もあるし、ひとりバンド(作曲とレコーディングにおいて)とうのもある。聴く分には断然バンドサウンドが好きだ。だけど合う合わないでいえばやっぱりどこまでもひとりで作るのが合っているんだと思う。編集者云々の話はこの際置いておいて。

 

本を読みました、本を買いました、小説好きです。だなんて感想をもらう機会があった。たまたまポジティヴな意見をもらったというのもあるし、面と向かってはなかなかネガティヴな意見を言わないというのもあるけど、ともかく嬉しかった。作者=自分がいて、作品があって、そこにさらに読者=他者がいるんだなって、当たり前なんだけどとてもすごいことだった。読者がいるのが当たり前という意味じゃなくて。

 

そういうことが自分に影響することがたぶんある。それを弱さと捉えるかは分からないけど、自分ひとりで作るのは前提として、プラス、なんだかそういうものがあるんだなってなんとなく思った。そしてそれは、他人にも伝えていきたいなって。

 

そういう話。

 

 

少女幻想譚 (隙間社電書)

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